ネタバレ?!「明日」死ぬならあなたは「今」何をすべきか?其の1

アロハオエ~!aeRu.MeDia主宰の保井康司です。

今回は、再来週配信予定のPodcast「あえるのおと」であえるインタビューの7月のゲストとして出演いただいている中壽賀先生の第5回目の配信音声のテーマをボクなりに考えてみます。

「死」

人間は、母親のお腹に宿っても、無事に産まれてこれるかどうかも分からず、また産まれてきても、生きられる時間は平等ではないし、生き方も異なる。にも関わらず、終わりの時だけは必ず来てしまう。

老若男女も貧富も関係なくボクらに与えられた唯一平等な権利、それが「死」です。

「死」に対する不安

「死」を意識しだすと、怖さを覚えますよね。それは、いつ訪れるか分からないからですか?でも、そんなことに恐怖を感じていたら、人生すべてが恐怖の連続です。

あなたの人生で起こりうることのほとんどが「いつ」「どこで」起こるのか決まってませんよね?出逢いも恋愛も結婚も出産も死別もぜんぶ。

なので、ボクらが「死」に対して感じる恐怖というのは、「いつ」か分からないからじゃないです。むしろ分かりたくないでしょ?

死ぬことに対して、恐怖を感じたり、不安を覚えるのは、「死」の経験談を聞いたことがないからです。つまり、「死」の先を知らないから。

「死」と向き合う?

人間、知らないことは理解できません。理解できないから怖いと感じます。怖いから「死」を意識せずに生きます。

なぜボクらは、基本的に「死」と向き合わないのでしょうか?例えば、お葬式や法事を体験したとき、「人は死ぬ」ということ感じるはずです。そして、「自分も死ぬ」と意識するはずなんです。

でも、そこは一瞬で忘れ去る。なんででしょうか?

多分ですが、最初から終わりを意識していると「つまらない」「むなしい」「ムダに感じる」からじゃないかなぁと思います。だって、楽しい飲み会の最初から電車の時間を気にして飲むやつはいないでしょ?カラオケは?ライブは?デートは?旅行は?

これらと一緒にしていいのかどうかは分かりませんが、人はそういう生き物なんやと思います。

だからこそ「死」と向き合うことは、とても重要なことではないでしょうか?

まとめ

長くなりそうなので、本日はここで区切り、また明日以降に続けます。

人生の終わりを意識するということ。死と向き合うとはどういうことなのか。明日はその点について書いてみます。