インタビュー後記1:地下鉄運転士 玉生純也氏

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アロハオエ~!aeRu.MeDia主宰の保井康司です。

実は、オステオパシー治療院 奏 中壽賀宣行先生よりも先にインタビューさせていただいてた地下鉄運転士 玉生純也氏。

ですが、諸事情もあって音声では使わないこととなったのでお蔵入り?!かと思っていたのですが、せっかくなのでブログで記事にしちゃいます。一応、彼の名前以外の固有名詞は伏せるのであしからず。

子ども頃に描いた夢を手に入れた男

玉生とは中学生から知り合いで、偶然入った同じ大学で仲良くなったのですが、

彼のインタビューではじめて知ったのが、「子どもの頃の夢を叶えていた」という驚愕の、そしてなんともステキな事実でした。

卒業文集に書かれた夢

その風貌とは違い、高校生の頃からいち早くバイクの免許や車の免許を取得していた玉生。

中学時代に鉄道研究部にいたので、単なる鉄道好きかと思っていたのですが、どうやら勘違いでした。

「乗り物全般が好きやから」
地下鉄運転士 玉生純也:インタビュー20150518

そう、彼は乗り物が好きやったから大型二種まで免許を取ったあげく、地下鉄の運転士にまで登りつめたのです。と思っていたら、これもまたちょっと違うようでした。

「小学校の卒業文集に『市営バスの運転手になる』って書いてた」
地下鉄運転士 玉生純也:インタビュー20150518

そう、彼は子どもの時から運転手を夢見ていたんです。そして、大型二種を取り、バスの運転手になる切符を手にしたわけです。

方向を変えたのは、運転手の責任

そこまで準備できたにも関わらず、彼がバスから地下鉄へと方向を変えたのは、市営バスの運転手を務めるお父さんの言葉やったようです。

「父親が『バスは事故を起こしたら人生に傷がつく』って助言くれて、地下鉄を勧めてくれたんよ」
地下鉄運転士 玉生純也:インタビュー20150518

なるほどですね。子を思う親の気持ちが感じ取れる言葉です。

そして、玉生は地下鉄を選んだと。

まとめ

免許好きがこうじて地下鉄まで運転したくなったのかと思っていたんですが、インタビューをしてみないと知らんかったことです。インタビューって面白いですね。

ってことで、インタビュー後記はその2に続きます。次回は、「まさか兄妹で◯◯◯を動かしていた!?」って話題です。

ちなみに、インタビューした日には2人で母校まで恩師に会いに行きました。冒頭の写真はその時のものですが、指を指している方向に意味はありません。「スゴい数じゃね?」的な無意味なポーズです。